die Mondsichel @ Rosebud

「月鎌/Fの中のMの中のF」美少女ゲーム論別館。

2006-11-08

[]原因ははたして。 01:35 はてなブックマーク - 原因ははたして。 - die Mondsichel @ Rosebud

○大容量になったことや画像ソフト進歩レイヤー等)で、丸ごと一枚差し替える方が楽になった。

○表示やサウンドにスペックを食うようになって常時差し替え制御することができなくなった。

○色数の増加による彩色等の高度化。色彩の質がセル風から水彩・アクリル風に移行したことで手を加えにくくなった。

原画ないしは一枚絵の地位向上とクリエイター志向(イラストが「(加工可能な)ゲームを構成する部品」から「作品」になった)。


 本文のお題はやはり「回想」で『愛姉妹』。といっても最近発売された『どっちにするの!』では断じてない。何のサブタイトルも付いてない、DOS時代の作品の方。

 内容は、ヤクザの息子である主人公が、事務所前で父の車と事故を起こした母親事務所で一服盛って(略)、それをネタに二人の娘も(略)、というオーソドックスな「ちゃんとエルフ系が『エロゲー』作ってた」ころの作品である。ちなみにオチは3人の籠絡を完了するか牢屋にぶち込まれるかしかない。


 ……と思っていたのは昼間のこと。書き始めたら……既にRosebud主宰genesisさんが語っていたことに気づいた。

1992年12月17日「ファースト・インパクト――『同級生』」

主題は下段の方で語られているアニメに関する点だったので。


 『同級生』は未プレイなので、ここをターニングポイントにはできないが、ともあれ、DOS美少女ゲームは要所要所の差分ファイルを使いリミテッドアニメーション的に動きを表現していた。フルアニメーション現実にはリミテッドアニメーションだったのかもしれないが)ではソニアの『VIPER』(音声追加ディスク存在した。V10から全画面アニメーションになっていた……はずである。)がその代表格だと私は思っているのだが、あそこまでやらずとも、ほんの数ドット*1が点滅するだけで、その表現はずいぶんと生々しいものになった。

 で、上述の『愛姉妹』である。それぞれは小規模だけどとにかく動く。瞬き、口元、指、舌などなど、脚を何かが伝い落ちたりもする。最も秀逸なのは目で、(まあ鬼畜ものなので)閉じている瞼に白いドットがちらちらするだけでプレイヤーサド嗜好を刺激する。1シーンでは片目だけ開けて後ろを窺うといったものもある。これらは「絵を見る」の機能で動きを含めて閲覧可能となっている。


 総括すると「(規制の影響でスジナシツルツルなのに)とにかくエロかった!」で終わりそうな話だが、一枚絵についてこれだけのことをやっていたアニメーションは、目パチをわずかの間残してすっかり姿を消してしまった*2


 そして。

 その原因はどこからだ、ということを考えて、最初の項目羅列に至る。ラディカルな見方をするならばやはり原画(あるいは労働?)そのものの地位向上と原画家主導のブランド構成あたりに落ち着くのかなと思っていたが、なんのことはなく、必要性が無くなっただけのことなのかもしれないと、「思いつき」に冷や水をかぶっておく。「よもや異論はないでしょう」にはどこか違和感があるんだけれど。


 しかしその割に、カットインと閃光による戦闘表現(『fate』や『デモンベイン』『あやかしびと』など)や、攻撃魔法描写(『はぴねす!』)は凝っているというのが不思議と言えば不思議である。


 オチない。

*1:ドット単位の変化が侮れないのは『美少女ゲームの臨界点』(+1だったかな……また調べておこう……)で茜について触れられているとおり。

*2:その時期は各社でまちまちだが、アイルをサンプルにとれば95年の『魔女狩りの夜に』は動き、96年の『脅迫』は動かない(もちろん何れもDOS版)