きゃっと・ふぃすと@美少女ゲーム年代記

2007-02-17

ホロウの失敗は、ひとえに主人公の失敗であるかと。 20:14 ホロウの失敗は、ひとえに主人公の失敗であるかと。 - きゃっと・ふぃすと@美少女ゲーム年代記 を含むブックマーク はてなブックマーク - ホロウの失敗は、ひとえに主人公の失敗であるかと。 - きゃっと・ふぃすと@美少女ゲーム年代記

参考記事:http://catfist.s115.xrea.com/wiki/wiki.cgi?page=Diary%2F2006-06-11

『斬魔大聖デモンベイン』で言われたのが「萌え燃えの融合」でした。ここでいう萌え/燃えとはそもそもなんであるかというと、ヒロイン物語/主人公物語という感じでだいたい説明できます。

燃え」系作品である『Phantom of Inferno』及び『月姫』の直系祖先を探ると、やはり『痕』に行き着きます。他方の「萌え」系ノベル作品は全て『ToHeart』の子孫といっていいかと思いますが、まあそれは措いておいて。

『痕』においては、主人公の意識が他人と混濁している部分があります。これは物語的にはほとんど叙述トリックとしてしか機能していないんですが、複数ルート俯瞰してみると、柏木耕一というキャラクターに対して読み解く余地が与えられているとも考えられます。そして、最終的には鬼のライトサイドとダークサイドの対決という局面を生むわけです。

この構造をほぼそのまま継承している『月姫』においては、正邪の主人公の対決という構図がより鮮明に打ち出されています。影たる遠野四季との対比を通して、遠野志貴というキャラクターとその物語が描写されている。そして、遠野志貴物語ヒロインアルクェイド及びシエル)の物語を繋ぐ存在がロアです。

『Phantom』においては、無慈悲な裏社会に生きざるを得なかった者がいかにして生を全うするかというテーマが、各ヒロイン及び主人公について並列的に語られています。むろん、主人公のそれが、どのヒロイン運命に付き合うかの選択で変化することは言うまでもありません。

これが『デモンベイン』になると、『Phantom』では概ねインフェルノという同一の状況として描かれていた主人公及び各ヒロイン物語が、完全に別個でありながら有機的に関連して一つのストーリーを形成します。「萌え燃えの両立」に留まっていたエロゲーの文脈が、「萌え燃えの融合」に歩を進めたことになります。

Fate/stay night』ではそれが「萌え燃えの対立」というわけのわからん方向にブッ飛んでいくんですが、そのへんは参考記事で書いたので省略します。

主人公物語を描く」という観点から、『Fate/hollow ataraxia』の明らかな問題が見出されます。『hollow』真の主人公であるアンリマユが、『Fate』における衛宮士郎物語の文脈上にないのは明らかです。その時点で、『hollow』は『Fate』の続編(?)であるにも関わらず、『Fate』の物語資産が有効に活用されていない。クライマックスの場面で「主人公」に見せ場がないのも当然です。

また、『月姫』における志貴と四季のように、衛宮士郎アンリマユが対比的に描写されているわけでもありません。両者はむしろ補完的な関係にあり、その総体を『hollow』全体を通しての「主人公」と捉えればこのトリックも有効なんですが、えっと、それ無理。半分くらい衛宮士郎物語であった『Fate』の続編として製作されたためにかなり読み方を限定してしまっており、士郎とアンリを一体のキャラクターと見るのは非常に難しいことになっています。

結果、士郎の物語である「一回の4日間」とアンリ物語である「4日間の繰り返し」は完全に分離し、プレイヤーが士郎の視点で物語を読む限り「かったるい」「推進力が足りない」ということになるわけです。逆に、ゲームが進行し、プレイヤー視点の重点がアンリの側に移ると、今度は「つまんない」ということになる。

これ、役割を入れ替えたらうまくいったと思うんですよね。本来なら、序盤は「早く進めたい」、終盤は「終わらせたくない」になるべきだったんですが、現状ではアクセルブレーキタイミングが逆になってしまっています。

さらに悪いことに、主人公物語ヒロイン物語が全然繋がってません。ついでにアンリヒロインエッチできても嬉しくもなんともない。その点で、『歌月十夜』よりエロゲーとしては悪いでしょう。

俺はエロゲーを最も勉強しているメーカーとしてTYPE-MOONを評価していますが、勉強の成果が微妙に捻くれた形で現れるのもいつものことですね。

誰か誰か2007/03/05 20:28月姫における士貴は正しくは志貴だ

catfistcatfist2007/03/06 13:00ぎゃー!修正しました

2007-02-05

入ってみましたー。つか、はてな記法覚えてない。ヤバい。

伝奇燃え美少女ゲーム 20:03 伝奇と燃えと美少女ゲーム - きゃっと・ふぃすと@美少女ゲーム年代記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 伝奇と燃えと美少女ゲーム - きゃっと・ふぃすと@美少女ゲーム年代記

http://rosebud.g.hatena.ne.jp/crow_henmi/20070104/1167905346

より、表題について喋ってみます。

まず、自分のサイトから参考記事。

http://catfist.s115.xrea.com/wiki/wiki.cgi?page=Diary%2F2005%2D09%2D18#p0

http://catfist.s115.xrea.com/wiki/wiki.cgi?page=Diary%2F2005%2D09%2D22#p0

http://catfist.s115.xrea.com/wiki/wiki.cgi?page=Diary%2F2005%2D11%2D04#p3

泣きゲーに対する、シナリオゲー/ノベルゲー分野でのカウンターパートとして、1999年から2000年にかけて、Nitro+から『Phantom of Inferno』、TYPE-MOONから『月姫』が出てくるわけです。

ここにおいて、ファントムではハードボイルド路線、月姫では伝奇路線が選択されたのですが、それは美少女ゲームに特徴的なシナリオ構造によります。すなわち、ヒロインを選択することによってシナリオが分岐する。よって、各シナリオは選んだヒロインについての物語になるということですね。

また、分岐が起こる以前のシナリオは各ヒロインについてほぼ共通であることから、それぞれのシナリオに独自なテーマは、ゲーム開始以前における各ヒロイン人生に求められます。かくして、トラウマゲー大量発生となったわけですね。

ただし、分岐したシナリオ個別のテーマ性をヒロイン精神トラウマのみに求める場合、物語上の当然の要請として、そのトラウマ主人公との関わりに求められやすく、結果、主人公記憶喪失になったり分裂病じみてみたり大忙し、ということになります。

一方で、各ヒロインに個別の事情を、その所属する共同体に求めることもできるわけです。月姫では「真祖」「埋葬機関」「遠野」といったものですね。この場合、主人公ヒロインの所属する共同体との関係においてヒロインとの縁を見出すことが可能です。かくして、ヒロインに過酷な生をもたらしている共同体ニュートラル主人公の接触、現代学園異能の構図が完成することになります。

この際、主人公は、複数のヒロインに対応するために多くニュートラル立場を求められますので、結果としてヒロイン側の事情に「巻き込まれる」こととなります。ヒロイン個別の事情を精神的なトラウマに求めるのであれば、そこに関わってさえいれば「関係ない話」とはならないわけですが、原因を所属する共同体、すなわちヒロインの背景性に求める場合、その全てに関わっているというのは困難です。

しかし、巻き込まれているだけではカッコいい主人公を描くことは難しい。ヒロイン側の事情に積極的に関与する意思が求められますが、何の背景性も持たない主人公にそれを求めるのは、たいがい酷です。よって、ヒロイン個別の事情を背景性に求めるならば、主人公に対しても相応の背景性が求められます。すなわち、ヒロインの事情に拠らない主人公自身の物語が、構造的にも要請されます。それがファントム・ツヴァイであり、殺人貴としての遠野志貴です。

「男泣き」とでも呼ぶべきハード路線と泣きの融合」に関してですが、これは主人公物語ヒロイン物語の並立ということで、説明できます。『斬魔大聖デモンベイン』は、その意味で優れて『Phantom』の後継です。これを受けてTYPE-MOONが『Fate/stay night』をリリースしたことも、また、当然といえるでしょう。

以上のように、伝奇の隆盛は、単なる泣きゲーカウンターパートとして要請されたのみならず、シナリオゲームという形式によく合致していることが大きいでしょう。それは、リーフビジュアルノベルシリーズの第二弾として『痕』という先行作品があることを鑑みれば、明らかなことです。『月姫』の構造はヤバいくらい『痕』に似ていますが、インタビュー等を信じるなら那須きのこ氏は『痕』をプレイしていなかったようですので、単なる車輪の再発明でしょう。構造的必然、というやつです。