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2007-01-04

[] 感情移入とは何か、とは何か  感情移入とは何か、とは何か - こぐにと。 cognit. を含むブックマーク はてなブックマーク -  感情移入とは何か、とは何か - こぐにと。 cognit.  感情移入とは何か、とは何か - こぐにと。 cognit. のブックマークコメント

http://d.hatena.ne.jp/rulia046/20070103/p3

感情移入と言うか言わないか、というレベルでの話しをちょっとメモっておこうと思ったので。しているかしていないか、というのは別レベルの話のつもりです。だから『実行的な場合』というエントリタイトルをつけてました。

テニスに感情移入している、というのもなんとなく解るんですが、普通は(9.5割以上の場合は)言わないでしょうから。むしろ普通は没入している、というのではないかな、と。そうした言葉の使い分けを通して、構成的な理解へ向かえるだろうか、というのが今のところです。ただ、手足などを無理やり対象化して感情移入する、という際に問題になるのは、その対象化のプロセスで何が切り捨てられるのか、ということなどで、恐らくそのラインで議論すると、感情移入が先か対象化が先か、という変な議論になりそうな気が*1。むー、この辺まとまってませんね。すみません。あと、仰るとおり、相互作用というかinteractivityが没入を助ける、というのは感覚としてあります(すみません他の議論でした, 15:18変更)。身体とか、interactivityについてはhttp://rosebud.g.hatena.ne.jp/cogni/20061103/p1あたりでちらっと書きました。「プレイヤーの身体の延長」というのはまったくその通りだと思います。

閑話休題。

それで今日感情移入のことをずっと考えていたら、感情移入という言葉がさっぱり解らなくなってきまして、泣きそう。いや、そもそも議論のはじめから、『感情移入とかいう』という言葉を使って言い逃れをしつづけてきたのですが。真面目に考え出すとドツボにはまっていって、混乱してます。どうやら自分は、どの文脈でその単語を使えば良いか、という規則はきちんと学習しているようで、実際に実行的に利用はできているとは思うのですが、感情移入という言葉と体験がぜんぜん一致しない。使用できるが意味が解らない。meaning is useなんて嘘っぱちだ。

…なんていう個人的な悩みはあっち(d:id:cogni)でやるとします。少し人数増やしました。

気を取り直して。

『抽象と感情移入』を読み直しました。ヴォリンゲル*2がリップスを参照してて、そのリップスによる定義が見つかったので以下に引用しておきます。

即ち、感情移入の元来の意味はこちら側の感情が相手側に反映されることである。こちら側の感情が先行し、その結果相手側に同じ感情を認知することである。これに対し、共感を相手側の感情が先行し、その結果こちら側に同じ感情が誘発されることと考えることもある。

http://syass.kwansei.ac.jp/tatsuki/Thesis97-98/CL/5kyokan.html

うーん…。

ヴォリンゲル自体は抽象と感情移入を対立軸におき、生命的・有機的なもののなかに自己の満足を見出す、とかを感情移入にして、生命を否定する無機質的なもの・抽象的な合法則性の中に自己の満足を見出すのが抽象衝動だそうです。…そういう分類を求めているんじゃないんだけどなぁ、とか。

ということで、他の用法も調べてみると。

このような自己同一化、登場人物への感情移入というのは、ライトノベル系作品の大きな特徴のひとつでもある。

http://www.so-net.ne.jp/e-novels/hyoron/genkai/016.html

 1970年代までの文学鑑賞は主人公の心情を中心化して、そこに作者の心情の投影を見出すと共に、思い入れたっぷりに自分の感情移入を行う、という読み方が主流だった。制度だったと言ってもいい。

http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/symposium/western/wash_07.html

などが引っかかる。…しかしやはり意味が解らない。

問題となっているのは、「感情移入とは何か?」ではない、と思います。恐らくその疑問は疑問足りえていないだろうから。「萌えとは何か?」という疑問が疑問たりえていないのと同程度に。…続きは出せる内容じゃないので向こうにでも。

ということで、なんか自分の専門分野でないかな、と思い返していて、石黒先生のロボット研究を思いつく。対象に自律性というものが認められた場合に、感情移入なる言葉が使われるのではないかと予測して検索。

本研究では、ふるまいの多様化により人間のロボットに対する感情移入の向上を目標とし、実験により従来法より提案方法の方が人間が感情移入していることを示した.

http://www.fujita.soft.iwate-pu.ac.jp/theses_f/2003b/yagihashi.pdf

まぁ、そんなもんかな、と。認知の傾性にもっていくのは個人的に嫌なんですけれども。

あとHusserlのイデーンを以前挙げたのですが、手元にないので、Merleau-Pontyのキアスム(絡み合い)の部分を再読。うーん、感情移入、というよりもこっちのほうがしっくりくる、というのは、触れるとともに触れられる、触れられるとともに触れる、という主客自体を素朴に脱構築、というのは好みでありまして。しかしDerridaあたりにこれ批判されていたような。あとHeideggerの"Fundamental Concepts of Metaphysics"を引っ張り出してきましたが、どうにも該当部分が見つからない。

あと、連想したのが箱庭療法。上田閑照が世界内存在の二重性について語っていたのを思い出しながら、play-worldの二重性、二重空間への開かれ、そして箱庭世界への感情移入、というのは言葉の使い方として間違ってはいない路線のはず。物を動かせるという実感の充実、などはゲームにも通ずる、というか遊戯療法play therapyからの派生のはずなので。

…ぐう。詰まった。

*1:追記:対象化しているから感情移入できるのか、感情移入しているから対象のように感じられるのか、どちらが正しいのか、とかそういう。

*2:Worringer、ヴォリンガーじゃないのかなぁ…。

DonteDonte2011/12/21 22:33We need a lot more isnihgts like this!

ehhpcljehhpclj2011/12/22 23:54ah2SpC , [url=http://yboqhkovrozm.com/]yboqhkovrozm[/url], [link=http://lopqclezioog.com/]lopqclezioog[/link], http://viaetitxtcyj.com/

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