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2007-01-14

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http://d.hatena.ne.jp/sosuitarou/20070114

疏水太郎さんからノーマンラブなエントリをいただきました。ありがとうございます。

Donald Normanの本は私も高校の頃に読んで色々影響を受けたと思います。『誰のためのデザイン?』『人を賢くする道具』を読んでいました(前者は図書館で読了、後者は古本で購入)が、『エモーショナル・デザイン』については発売したことすら存じておりませんでした。読んでみます。それと他にも色々と懐かしい名前(『ワンダープロジェクト』や『シーマン』、あのあたりだと『どこでもいっしょ』もそれ系ですね)が出てきて、あの頃はゆっくりしていたなぁ、と懐古しました。最近、「最近のエロゲは最初のつかみがないとすぐに止めてしまう」という話があったので、なおさらです。

キャラクターと一緒に時間を過ごすことの重要さ、というのは私も実感しているところで、観鈴ちんと出会ってからはもう6年にもなりますが、日々を過ごすごとに飽きるどころか愛しさが募っていく感じです。こういうことを感じているときもまた、頭の中では観鈴ちんと過ごす時間が増え続け、いっしょの場所にずっといて、だからこそastazapoteの2003年2月「ギャルゲーとは場所と記憶を巡って展開される形式」という定義が有効性を持つところだと思いますし、また各エロゲーメーカーがアペンドディスクを製作しそれがそれなりに売れるというところからも、その『一緒に時間を過ごすこと』がユーザーに受いれられているのだろうとも思います。会話の量を積み重ねる、それこそ「繰り返される日常に幸福と快楽が潜んでいる」(astazapote, 2000/04)状態であり、あのMK2さんをして『会話の名手』と言わしめる*1麻枝准は、まさにギャルゲーの申し子であるなぁ、と常々思っております。

他にも例えば、今木さんの『智代アフター』感想で言及されておりました、石川忠司『現代小説のレッスン』の保坂についての項*2ではこんな部分があります。

 しかし「目が合う」とか「お喋りし合う」とかのたんなる物質的「共同作業」が即コミュニケーションなのだとしたら、では「深い(真の)」コミュニケーションと「行きずり」のコミュニケーションとの区別は一体どうなるのか。. . . 両者を区別するのはたんに時間の長さにほかならない。「深い」コミュニケーションとは端的に物質的「共同作業」が持続し長引いた状態を指すわけで、つまりコミュニケーションにとっては理解や交歓よりも何よりも、その当事者たちがなるべく長時間、ただいっしょにいるということの方がはるかに大切なのだ。

 したがって保坂和志の小説においては「時間」なる存在が非常に大きな意味を持つ。ひたすら時間の力によって、コミュニケーションは「行きずり」的なものからさらに「深い」ものへと、荒削りなものからさらに洗練されたものへと発酵的に移行しよう。だが同時に時間は物質的コミュニケーションのみならず、最終的にはあらゆる存在者を完全に討ち滅ぼしてしまうのだ。(石川忠司, 『現代小説のレッスン』, p. 92-3)

最後のほうは、このトピックには少し余計かもしれませんけれど、いちおうそういう反面もあるということで。

私の専門に近づけますと、空想の友達と会話する子供は良い発達の傾向を示しているとか(例えば拙サイト)、幼児はinteractiveなものを人間だと認めるという研究結果が出ています。我々成人にもそういう認知の傾向があるとして、会話というinteractionが及ぼす心理効果というものは面白い題材で、機会があれば調べてみたいです。じ、時間が…。

*1:MK2さんのKanonレビューを参照。

*2:なお、この両者は近々どこかで対談があるらしいです。最近どこかのブログで見た情報。

cognicogni2007/01/14 13:11こういうときにZeitigung(時熟)という言葉を使っていいんですかねぇ。あの辺のHeidegger用語、まだいまいち理解できないんですよね。

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