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2007-01-30

[] 麻枝ワード、ラノベサイト  麻枝ワード、ラノベサイト - こぐにと。 cognit. を含むブックマーク はてなブックマーク -  麻枝ワード、ラノベサイト - こぐにと。 cognit.  麻枝ワード、ラノベサイト - こぐにと。 cognit. のブックマークコメント

本日のアクセス元検索ワード:『ナナリー エロ』『ナナリーのエロCG』。恐れていたことが!しかも一日2件も!俺のナナリーになにを求めてやがりますか!後者の人はスペース入れて『ナナリー エロCG』にしたほうが絶対いいと思います!(←さりげない優しさ)そういえばこの前マンガのコードギアスの抜粋みたいなの見ましたが、あれはナナリー違いだと思うんです。名前が同じだけで。

麻枝氏のメランコリーについては多数の方々からご指摘がなされていますけれど(ここでのメランコリーとはフロイト的な、何を喪失したのかわからない状態や喪の失敗を含意するメランコリーであると思われます)、麻枝氏の歌詞の中から抜粋した個人的な「好きな麻枝ワード」を挙げるとすれば、「強さ」「泣かない」などというわりと前向きな単語だったりします。ただし麻枝氏の歌詞においてはそれらの前向きな言葉の用法はどこか後ろ向きな感じをにおわせ、また印象度という点では過去形の言葉のほうが無茶苦茶印象に残っており、現在形もどこか過去を感じさせるものであります。たとえば『青空』の「誰よりも遠くに行ってもここからまた笑ってくれる?」は疑問文なせいかなぜか仄かな過去の匂い(過ぎ去ってしまった感じ)がしてしまうのが不思議です。他にも、夏影ボーカルの「僕ら遊んだ 僕ら生きてた 今も覚えてる」などにおいては、「今も覚えてる」という現在形だけれど、思いっきりrememberで過去である。

昨日のコメントに突っ込まれてました。ラノベサイトを読まない件について。ラノベ感想サイトは購入の参考にはなるでしょうけれど、ラノベを購入できない自分にはあんまり意味ないんですよね。だから見ない。そんだけです。でもラノベ感想をよく書かれているsimulaさんやgenesisさんやevatakaさんやasukasyoさんやMK2さんや吉兆さんの感想は面白いのでよく見てます。わ、意外と多いな。まぁ、皆さんラノベ読んでらっしゃるサイトの管理人さんですけどラノベ感想サイトじゃないと感じているので。だったら上記の方々と、私が見ないサイトの管理人の方々との差があるのだと思うけれど、たぶん上記の方々はラノベ以外にもいろいろ読んでる方々じゃあないでしょうかね、ラノベに対するふとした一言も面白いんですよね(というかそっちのほうが面白いんですよね)、とか思いながら、それじゃなんか取りこぼしているような気もするのでもうちょっと考えてみます。

しかし「管理人」なんていう言葉久々に書くとすげー違和感が。なんでだろう。昔は普通に使えてたのに。たぶんブログという言葉と管理人という言葉との間にある齟齬のせいだろうけれど、あるブログを書いている人のことをどういえばいいんだろう。

genesisさんのところの空気系の話に反応しようと思ったけれど、今日は少し他のことに時間を使いすぎたのでまた明日、とか思ってましたが、明日はコードギアスの日なので、後日。

[] 感情移入と『動物化するポストモダン』  感情移入と『動物化するポストモダン』 - こぐにと。 cognit. を含むブックマーク はてなブックマーク -  感情移入と『動物化するポストモダン』 - こぐにと。 cognit.  感情移入と『動物化するポストモダン』 - こぐにと。 cognit. のブックマークコメント

更新量が少ないというお叱りを受けそうなので、感情移入や共感についてはちょっとずつ考えていることをアピールする意味でも、とりあえずオタクの必読文献らしい『動物化するポストモダン』の数度目の再読をしてみて、それらの語が使用されている場面を以下に引用してみました。以下、全て、東浩紀『動物化するポストモダン』からの抜粋です。

 以上のような特徴から明らかなように、九〇年代のオタク系文化を特徴づける「キャラ萌え」とは、じつはオタクたち自身が信じたがっているような単純な感情移入なのではなく、キャラクター(シミュラークル)と萌え要素(データベース)の二層構造のあいだを往復することで支えられる、すぐれてポストモダン的な消費構造である。特定のキャラクターに「萌える」という消費行動には、盲目的な没入とともに、その対象を萌え要素に分解し、データベースのなかで相対化してしまうような奇妙に冷静な側面が隠されている。この二層構造については、のちにノベルゲームを例として詳しく語るが、いずれにせよ、キャラ萌えを単なるマニアックな消費行動として片づけてしまうと、いろいろ説明できない部分が出てくることは確かである。(p. 75-6)

感情移入。ちょっとやっぱりいまいち理解できないような。

 ノベルゲームのプレイヤーは、他の多くのゲームと異なり圧倒的に受け身である。プレイ時間の大半、プレイヤーはただテクストを読み、イラストを見るだけだ。確かに最近では、BGMを充実させ、台詞に有名な声優をあて、動画を挿入しているゲームも多く、そのなかには興味深い試みも見られる。とはいえ、その中心がテクストとイラストであることはやはり変わらない。そもそもつい数年前までは、データ量が多い音声や動画を家庭用のコンピュータで処理することは難しく、それらは使いたくても使えなかったのである。このような制限のために、ノベルゲームの進歩は、半ば必然的に、効率よく感動できる(泣ける)テクストと効率よく感情移入できる(萌えられる)イラストの追求へと集中することになった。マルチストーリー・マルチエンディングの構造もこの傾向を後押しした。ストーリーが複数あり、エンディングが複数ある(攻略できる女性が複数用意されている)ということは、できるだけ多くの物語とできるだけ多くのキャラクターを、必要なモジュールの組み合わせによって効率よく作ることを要求するからだ。(p. 111-2)

「効率よく感情移入できる(萌えられる)イラスト」。ここの括弧って、感情移入できる=萌えられる、って意味なのかしら。イラストに萌えを感じることと感情移入がイコール?ううむ…。

 しかしデータベース消費の局面においては、まさにこの矛盾が矛盾だと感じられないのである。作品の深層、すなわちシステムの水準では、主人公の運命(分岐)は複数用意されているし、またそのことはだれもが知っている。しかし作品の表層、すなわちドラマの水準では、主人公の運命はいずれもただひとつのものだということになっており、プレイヤーもまたそこに同一化し、感情移入し、ときに心を動かされる。ノベルゲームの消費者はその矛盾を矛盾だと感じない。彼らは、作品内の運命が複数あることを知りつつも、同時に、いまこの瞬間、偶然に選ばれた目の前の分岐がただひとつの運命であると感じて作品世界に感情移入している。(p. 123-4)

「同一化し、感情移入し」はいまいちなのですが、「作品世界に感情移入」が個人的な感覚として近いかなと。

 そしてそのようなオタクたちの行動原理は、あえて連想を働かせれば、冷静な判断力に基づく知的な鑑賞者(意識的な人間)とも、フェティシュに耽溺する静的な主体(無意識的な人間)とも異なり、もっと単純かつ即物的に、薬物依存者の行動原理に近いようにも思われる。あるキャラクター・デザインやある声優の声に出会って以来、脳の結線が変わってしまったかのように同じ絵や声が頭のなかで回り続け、あたかも取り憑かれたようだ、というのは、少なからぬオタクたちが実感を込めて語る話である。それは趣味よりも薬物依存に似ている。(p. 129)

この前、『箱庭療法』関連で言及した薬物依存とかそんなところ。

 ルソーを持ち出すまでもなく、かつては、共感の力は社会を作る基本的な要素だと考えられていた。近代のツリー型世界では、小さな物語(小さな共感)から大きな物語(大きな共感)への遡行の回路が保たれていたからである。しかしいまや感情的な心の動きは、むしろ、非社会的に、孤独に動物的に処理されるものへと大きく変わりつつある。ポストモダンのデータベース型世界では、もはや大きな共感など存在しえないからだ。そして現在のオタク系作品の多くは、明らかに、その動物的処理の道具として消費されている。このかぎりで、オタク系文化における萌え要素の働きは、じつはプロザックや向精神薬とあまり変わらない。そして同じことは、また、ハリウッド映画やテクノ・ミュージックなど、さまざまな娯楽産業の働きにも言えるのではないか。(p. 139-40)

共感について。特になし。

しかしそれでも筆者は、その空想こそが、大きな物語の凋落のあと、世界の意味を再建しようと試みて果たせず、結局はただ小さな感情移入を積み重ねることしかできない私たちの時代のリアリティを、独特の手触りで伝えているように思われる。(p. 174)

上記の文脈とあわせて考えると、感情移入と共感はかなり近い感じで使用されているらしい。

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