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2007-02-25

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crow_henmiさんからリクエストされましたが、場所については今のところ考え中、としか。代わりに今日は麻枝Kanonにおける願いと結果のズレについてなど考えておりましたなどと発言してみます。祐一を追ってきた真琴が手に入れたものは家族だったとか、祐一を待ち望んでいた舞は最終的には祐一と佐祐理さんが傍にいた、とか。今のところ深める余裕がないし、素朴に考えたところでよいものが見つけられるとは思いませんが、やはりここではズレという言葉がどのように発生するか、という方向性で一つ講釈を打ってみようかと思い、途中まで書いてみましたが納得いかなかったので封印。

そういえば最近、エロゲの体験版を落としたんですが、長森@ONEのような幼馴染が出てこないことに少し憤慨しつつ、最近普通にボイスとかついてて、すごいなー、とかえらい素朴に思いながらも、自分のプレイ中のことに思いを馳せてみると、基本的にボイスはオンのままでプレイしつつ文字が了解できれば残りボイスは飛ばすんですが(そしてそうする人が多いらしいのですが)、そこではエクリチュールがパロールに先行していると捉えることも可能で、これはつまりプラトンの時代から続く音声中心主義が逆転、言い換えるならば文字が音声や意識を写す二次的なものとされるという前提(さらには音声や意識が直接的かつ透明なものだとされデカルト的なコギトが非明示的ながらも導入される前提)が逆転されており、ボイスという音声表現が背景やBGMなどとほとんど同化されたような後景化した地位を築くことによって、かつて高位を与えられていた透明な音声や意識といったようなものが二次的な地位に貶められたかのような錯覚をプレイヤーが抱くが故に、エロゲーにおいて音声表現は疑問に晒されることが不可避とされる構造が見出せると同時、エロゲーのテキストとボイスの多重性において「お兄ちゃん」と「おにいちゃん」という書き文字の差によってボイスすらも多色を含むものとなりうるというボイスの広がりを示唆する肯定的な特徴が発見されると評価することも可能であることをあえて素朴に強調する必要すらあるだろう。もちろんここではテキストとボイスの差異を殊更に囃し立てるがごとく下卑た行いであるテキストと違うことをボイスで喋らせる、という思考放棄にも似た単純な仕掛けを賛美している土壌を育もうとしているのではなく、「……」にもちゃんとボイスがついてるよー、という素朴な驚きを発してみるものでもなく、字幕がほとんどつかないという点を無視してアニメとエロゲーとの声優論を一緒くたにしてしまおうという暴力的な挙措を行うものでもない。ここで示唆するエロゲボイス論の可能性は、単に、我々が享受しているものは小説じみたテキストでもドラマCDじみたボイスでもない、キャラクターの<声>というべきものなのであり、我々は、一般的なエロゲー考察におけるシナリオやテキストへの偏向からの脱出の契機をこの<声>に求めることが可能なのではないだろうか、ということである。

などと回りくどく(しかも変に賛美しているみたく)ゆーべきなのだろうかと、この前のKadzukiさんのエントリを思い起こしながら*1、「やっぱり平仮名の『おにいちゃん』のほうが幼さが出ててさ…」などという談義はリアルではしにくいのかもしれぬ、などと考えていました。いや実際しにくかったっす。「お兄様」はいいけど「おにいさま」は少し変ていうかそそられる部分もあるんだけどこう幼さと言葉遣いのギャップがね?とか。この辺の話題は美少女ゲーム界隈の過去ログを探せば出てきそうなのですが、盛り上がっていた2000年前後じゃボイスを絡めた話題は少なめだと思うので、まだあんまり書かれていないのかもしれません。ググっても出てこなかったので。

*1:「(ボイスが)テキストの表象を支える」という発言があったのですから。もちろんこの発言は、エロゲーがテキスト主導であっていつからかボイスが付属してきたという美少女ゲームの歴史的な観点からのものだと思いますが、西欧的には音声の書き文字よりの優位というのが当たり前だと思われ(それは作られた西欧観だという反論もできますが)、逆に言えば、エロゲーにおいてテキストがこれほどまでの地位を作り上げていることに驚き、やはりそれは活版印刷技術の誕生とかそういうのに絡められて語られているのだろうか、と過去の文献を調べてみようかと思いました。

K_NATSUBAK_NATSUBA2007/02/25 22:36つhttp://hokusyu.hp.infoseek.co.jp/seiyuu.lzh

crow_henmicrow_henmi2007/02/25 22:49その辺に着目するなら変化球の参照例としてForestお勧めなんですけど>声。

cognicogni2007/02/26 01:36>K_NATSUBAさん
前から拝見しようしようと思ってましたが、今日初めて閲読しました。ついでに申し上げておくと、.docファイルだと参照しにくいし.lzhで固められていたらGoogleで引っかからないので、HTMLであげてくださることを希望しますー。
「声優批評の難しさは、声が記述不可能だ、という事にまずはあります。だから、声の直接的な記述を避けて、メタファを用いていこうと、これがこの声優サッカーの意義であります。」とか、「声質一発でキャラクターを表現する技術」や「声優の演技は、記号です。それ自体として完結した記号の系。それが、そちらもそれ自体としては完結した記号の系であるところの絵と同期する事により、その同期を起さしめているシステムとしてのキャラクターが想定されるわけです。演技から想定させるという事と、声から立ち上がらせると言うこと。この二者では、後者の方が圧倒的に速い。声に肉体性を残せば、演技の記号性は減じるしかなくなります」の辺りが凄く良かったです。あとはサッカーのように、声優のチームプレイを考慮に入れるという点は忘失しておりました。ご指摘どうもです。今回はエロゲボイスというかなり焦点を絞ったタイトルにあえてしているので、声優や声優チームプレイまで勘案したエロゲ声優論は、いつか誰かがやってくれないかなーと思っている次第です。自分はそれほど耳が良くないので…。

>crow_henmiさん
んー、Forestは褒められ方(「素人にはお勧めできない」とか)が厭だしセンスが古そうなんで、どうにも手を出しにくくて、DL販売されてからも手を出してないです。とりあえず見聞きした範囲では、Forestにおいては、テキストと違うボイスが乗っかるとか、ミュージカル風味の部分があるそうですが、そうした安易かつ変則的なものよりも、普通に付属してくるボイスの奥深さを意識しようという風に上記エントリを書いたもので、だから、どっちかていうと、シナリオの陳腐さにもかかわらずボイスが語りを牽引したとされる『Dear My Friend』辺りのほうが興味あるかなとか思ってます。まぁもちろん、精神分析などのように、イレギュラーからレギュラーを照射しようという試みも十分意義深いものがあるとは思いますが。

crow_henmicrow_henmi2007/02/26 05:42いやまあ、つまりはそういうことなんですが。照射角は複数あったほうがいいです。まあひとりでするのはめどいでしょうから、cogniさんが「声」について何らかの議論の進展をさせたときに、そのカウンターパートとしてForestの話を書かせてもらうかもしれません。

cognicogni2007/02/26 08:08カウンターは歓迎ですー。
で、crow_henmiさんの書かれていた疑問に関して。「古い」ていうのは、メタフィクションみたいなのを結構堂々とやってしまえる無邪気な精神とか、その辺です。ちなみにこの言葉遣いは今木さんの過去ログを意識して書いてます(http://imaki.hp.infoseek.co.jp/r0204.shtml#8)。あと、私は、アイマスや荒山先生は楽しめるでしょうけれど、プリメや車輪の国は恐らく無理ぽい、とかそんな個人的な嗜好ですね。crow_henmiさんの仰るとおり、面倒というか、下馬評や感覚で絞ってないと全部プレイしてられないので。

K_NATSUBAK_NATSUBA2007/02/26 10:17HTML化は計画中です。てか、WORDでHTML化したようないい加減なので構わないかなあ、という気もするんですが、それだと読みにくいよなとか色々考えてしまいまして。

cognicogni2007/02/27 11:24計画の成就を期待しておりますー。

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