BLUE ON BLUE(Rosebud Side)

2007-06-25

[]美少女ゲーム評論史について(メモ07:49 美少女ゲーム評論史について(メモ) - BLUE ON BLUE(Rosebud Side) を含むブックマーク はてなブックマーク - 美少女ゲーム評論史について(メモ) - BLUE ON BLUE(Rosebud Side)

美少女ゲームに関して文芸評論的アプローチが用いられ始めたのはいつごろで、どのような契機があったのか、ということについて少し考え込んでみたり。特に現代思想の援用が顕著となったのはいつごろかとか、なぜそうなったのか、とか。

口さがない人たちに云わせれば、エロゲなんかにマジ泣きしているキモい自分を正当化するための理論武装、ということになるのかもしれないけど、それではかなり抜け落ちたところがある。マジ泣きさせられる程度にはプレイヤーの内面に届く内容を備えた、部分的にしろ文芸的な作品がジャンルの爛熟によって増加してきたことと「ぼくら」の感性動物化に対する一種の抵抗として近代的アプローチが取られたこと、などがあるんじゃないかな、とか思ったりもする。

で、それらはVNの隆盛と共に顕在化したものなので、テクスト論が先行した、とか。そんな構図を考えてみたけど、98年より昔のことは知らないし、03年くらいまでその方面には興味がなかったので、傍証を伴わない単なる思い付きにしかできない。誰か資料と実体験を兼ね備えた人がやってくれないものかなあ。