結語――ライトノベルの揺籃

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結語――ライトノベルの揺籃

結語――ライトノベルの揺籃

ライトノベル(論)ブームの起こり

 2004年に入ってから,おたくカルチャーの中で急激に注目を浴びるようになったのがライトノベル(light novel)である。書籍にまとめられたものを眺めてみると,次のようなものがある。

 では,なぜ2004年にライトノベルが注目されるようになったのだろうか。電子掲示板「2ちゃんねる」においてランキングが作られ始めたのは,それより前の2000年のことである。

21世紀になってからライトノベル系のレーベルが幾つか誕生しているけれども,それ以前からも新規レーベルの立ち上がりはしばしば行われていた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%AB

 「ライトノベル」という新語が2004年に誕生したのであれば話は分かりやすいのだが,この名称は1990年にNIFTY-Serveで生成されたものであることが明らかになっている。2004年は,「ライトノベル」という言葉が特殊用語(ジャーゴン)から一般名詞へと変化した時期でしかない。

 ライトノベル(light novel)と呼ばれる書籍が人気を呼んでいる。軽く読めるエンターテインメント小説のことだ。読者は主に10代から30代。200万部以上売れる作品も出てきている。背景にはコミック,ゲーム、アニメを同時並行に消費してきた世代が台頭し,これまでにないジャンルの活字文化が育ってきたことがあるようだ。

日経MJ』2004年3月4日付「ブームの裏側:小説はライトに読む メール世代にマッチ」

資料出典:http://alisato.parfait.ne.jp/diary/200403b.html#16_t4

 今日の読売新聞の夕刊に,ライトノベルの特集記事が(追記 : 記事を書いたのは新聞記者ではなく,細谷正充氏と言う文芸評論家の方です。「トレンド館」と言うコーナーでした)。こんな記事が載った事にも驚きだけど,それ以上に『ライトノベル』と言う単語が普通に使われてるに驚き。これだけ読みまくっていて言うのもなんだけど,『ライトノベル』ってあんまり一般的な単語じゃないと思ってました。大抵,ジュブナイルとか言われるのが常だったと思うのですが。

http://d.hatena.ne.jp/./INN/20040317#p1

 2004年に,爆発的に売れたライトノベルが登場したから? ラノベ原作のアニメが人気を呼んだから? そういうことでもない。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%ea%a5%b9%a5%c8%3a%3a%a5%a2%a5%cb%a5%e1%ba%ee%c9%ca//2004%c7%af

 どうにか理由付けをしようとすると,2004年3月に有志団体の提唱によって「ウェブ版 このライトノベルがすごい!」(http://maijar.org/sugoi/)が始まったということがある*1。結集軸ができた,ということは決して無視できない事情だ。

 しかし,それにしても……なのである。

おたくカルチャーの地殻変動

 以下,筆者の立てた仮説なのだが,2004年は「おたくカルチャーの先導役」を担っていた美少女ゲームがその地位を降り,代わってライトノベルが旗振り役になった――すなわち,政権交代が起こったということなのではないだろうか。

 おたくカルチャーにおいて高位に位置するものがアニメ(メジャー・メジャー)やマンガ(メジャー・マイナー)なのは数十年に渡って不変である。しかし「マイナー・メジャー」の地位を占めるものは移り変わりがあって,およそ1996年から2004年にかけては,美少女ゲーム(特にビジュアルノベル形式のもの)が強い影響力を持っていたと言えるだろう。その程度を具体的に計測しようとすれば,アニメの原作となった数,ギャルゲーを原作とした小説(ノベライズ作品)の状況,あるいはコミケに出展した同人誌サークルが依拠した元ネタ等で表すことは可能だと思う。

 この変化が起こった理由については,ライトノベルの側よりも美少女ゲームの側にいくつか思い当たるところがある。

 まず第1に,美少女ゲームの行き詰まり。ビジュアルノベルを構成するシステム部分(骨格)については,リーフ三部作以降それほど大きな変化がないことは本稿で述べた通りである。約8年間に渡って行われてきた活動は,「どのように表現するのか」よりも「何を表現するのか」であった。ところがモチーフに関しては,FlyingshineCROSS†CHANNEL』等で行き着くところまで辿り着き,進化の袋小路に入ってしまった感がある。この先,さらに洗練させていく余地は多分にあるとしても,未だ描かれていないモチーフというと見つけるのが難しくなってきた。

 第2に,コホート現象の発生。コホート(cohort)というのは,ある特定の時期に同じ経験をした集団のことで,元々は古代ローマにおける数百人単位の軍団編成を指す。ユリウス=カエサルは,コホート内の結束を固めるため,戦死などで本来の編成人数から少なくなっても新兵の補充はしなかったのだとか。疫学の分野では,コホートを単位として疾病等の発生率を観測するということが行われている。ここでは,葉鍵系の全盛期(1997年~2000年)に美少女ゲームに分け入った層を1つのコホートとして捉えている。そうすると当該コホートは,20代から30代へと移行しつつある。もし美少女ゲームに最初に接触した時期が高校生であったとしても,大学や専門学校を卒業して就職していることであろう。新たな層が流入を続けていない限り,コホートは年数の経過と同じだけ年老いてしまうのである。

 そして第3に,ビジネスモデルの限界。美少女ゲームの一般的な作り方は「ボリュームたっぷり\9,240」である。低価格路線を狙うソフトハウスも増えてきたけれども,値下げしても売れないのであれば値段は据え置いて利幅を高く確保した方がいいことは説明を要しないだろう。日本の雇用慣行では20代の賃金は低めに設定されるから,就職直後には学生時代よりも遊行費が少なくなってしまう。長時間労働に従事していれば,余暇の時間も減少する。高価なゲームを次々に買い揃えることは金銭的に苦しいし,クリアするのに数十時間もかかるようでは時間的に辛い。現在の美少女ゲームは,ちょっとした時間を使って気楽に楽しめるようなものではなくなってしまっている。

 こうした事情が複合し,美少女ゲームの魅力が翳りを見せ始めたのが2003年頃の状況。そこに超大作『Fate/stay night』(2004年1月)がぶつかった。

アメリカ素描 (新潮文庫)

 司馬遼太郎は『アメリカ素描』(ISBN:4101152365)の中で,次なる文明は先行する文明と対立するところではなく縁辺から生ずると説いている。20世紀に繁栄を極めたアメリカは,19世紀の大英帝国からすれば縁辺部。英国は,大航海時代のスペイン・ポルトガルからすれば縁辺部。スペインは,ルネサンス期のイタリアからすれば縁辺部―― 

 司馬に倣うならば,TYPE-MOONビジュアルノベルの縁辺部に生じ,やがてビジュアルノベルの形式を揺るがすまでに成長した。美少女ゲームの行く末を大きく変えたのは,他でもないゲームだったのである。

 ライトノベルの揺籃(ゆりかご)

 かつて美少女ゲーム業界には人材の吸引力が働いており,《業としての物書き》になりたい人を獲得していたのでしょう。

 調べてみると,美少女ゲームにおいてシナリオライターが個人として着目されるのは VisualArt’s/Key の登場後のようだ。『PC Angel』誌の場合,作品情報にシナリオライターの項目が加わるのは,1999年に入ってからのことである。美少女ゲームというパッケージの中で,原画家は早くから脚光をあびていたところだが,葉鍵系の枠組みが出来上がることで文章にも注目が行くようになった。

 そのような状況が変化した時期こそが,ライトノベルをめぐる言説が急激に活発化した2004年前後のことであると筆者は見る。以降,美少女ゲームは「マイナー・メジャー」の立場を譲って一歩後退したため,相対的にライトノベルの地位は押し上げられ向上する。そして,新たに物書きを目指す新進クリエイターは,ゲーム業界に入門するよりもライトノベルの新人賞を狙うようになった――

 このような動きは,ライトノベルを消費者(読者)として楽しんでいたのでは観測できない。2004年前後の地殻変動は,出版業界を含む生産者(クリエイター)の側において生じていたものではなかろうか。これこそが「ライトノベル論ブーム」の実態であり,対外的には「ライトノベルの発見」ではないかと筆者は感じている。

 しかしながら筆者から強調しておきたいのは,今日見られる「ライトノベル」は美少女ゲームが育てたものである,ということだ。

 ライトノベルは長い歴史を持つ存在であるが,内部的に何度か大きな変遷を経てきている。まず最初の大変革は1990年。神坂一が『スレイヤーズ!』を書き始めたことで,ライトノベルは第2フェーズに入る。これにより小説にRPG的な要素が加わり,それまで雑多な状態だった富士見ファンタジア文庫は方向性を得ることになる。続いての変化は1998年。上遠野浩平ブギーポップは笑わない』(ISBN:4840208042)によってライトノベルの主流は電撃文庫へと向かい,第3フェーズに移行する。同じ1998年に,ファンタジア文庫では賀東招二フルメタル・パニック!』(ISBN:4829128399)が,コバルト文庫では今野緒雪マリア様がみてる』(ISBN:408614459X)が登場しており,各レーベルの内部では〈学園もの〉が増えるといった勢力変化が生じている。

 そして2004年。これをライトノベルの第4フェーズとしておこう。美少女ゲームシナリオライターライトノベル作家へと転出し,美少女ゲームが一時期追求していた〈文学性の指向〉は素直に小説という形を取り始め,美少女ゲームが培ってきた多種多様なキャラ造形はライトノベルに回収されていく。

 ビジュアルノベル形式の美少女ゲームは,現在のライトノベルを育てる揺籃(ゆりかご)としての役割を果たしたのだ。そう思いたい。

*1:その後,宝島社によって『このライトノベルがすごい!』が開始されたことから,ウェブ版の方は「ライトノベル・ファンパーティー」へと改称した。


編著 おおいしげん(id:genesis
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