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萌え理論Rosebud

2006-11-08美少女ゲームのインタラクティブ・インターフェイス論(7)

Phase(7)「有限形式ゲーム」 Phase(7)「有限形式ゲーム」 - 萌え理論Rosebud を含むブックマーク

有限ゲーム

前回のまとめでは、ゲームにおける狭義のルールを、プレイヤーの行為を入力してゲームの結果を出力する関数として捉えました。美少女ゲームはコンピュータゲームですから、1と0のデジタルかつ有限の情報に還元でき、従って関数として扱うことは適切だと考えています。しかしそれではストーリーはどうなるのでしょうか。ここでゲーム内の文章のうち、プログラムが扱う文字列データとしての「テキスト」と、プレイヤーが読み取り物語としての意味を持つ「ストーリー」とを区別しましょう。プレイヤーから見たキャラクターもストーリーに属します。


「ゲーム」のうち、入力と出力の対応関係を抽出したものを「ゲーム形式」と呼びましょう。例えば格闘ゲームで何ドットの当たり判定が何フレーム生じたか、というのはゲーム形式の範囲ですが、当たり判定と画像や音声などのデータ群は、プレイヤーにとってはキャラの単位で見(え)ています*1


そのキャラへの萌えは、われわれが人間であるため、基本的にはストーリーレベルで生じます。しかし、美少女キャラなら攻撃力は低いが、当たり判定が広いとか飛び道具があるとか、形式との有契性が生じます。ただ三角とか四角とか抽象的な当たり判定だけのゲームでは味気ないでしょう。しかしでは、ドット絵は単なる当たり判定の装飾に過ぎないのでしょうか。


むしろ逆に、ドット絵に当たり判定があることで、絵に様相が生じるという側面もあります。マンガやアニメで動きをどう分割するか、マンガの断ち切りやアニメの動作のタメのような問題意識に近いでしょうが、ゲームの場合はさらに、見えない当たり判定との重層的な意味のズレが生じます。拳が届いていないのに当たり判定が生じていたり、その逆だったりすることに、そのジャンル独自の表現が生じる余地があります。


こういうゲームの形式と内容との相互的な結びつきは、全体を通して考えていきます。

*1:制作者側にとってもキャラ単位になっているでしょう。一番無機的なプログラマにとってもオブジェクトの単位でまとまりを持っている可能性が高い